集団の業と如何に向かい合うのか?「宗教2世 親に束縛された人生からの脱出」を見ての感想。

昨日たまたまNHKで放送されていた「宗教2世 親に束縛された人生からの脱出」という番組を少しだけ見ることができた。

なかなか番組自体も攻めた内容で、この時期こういった番組が放送される事自体その企画者に拍手を送りたい内容だった。

その中で思想的に閉じた世界に身を置くものにとって、その価値観はそう簡単に開放されないという事を言っていたが、それは何も彼女のような環境でなくても存在している。

我々が社会として認識している外界は、もともと作られた概念に過ぎず、それが「常識」などという衣を身にまとっているように見えても、個人である私の認識が変わればその「常識」も変化する。

つまり、例えば会社だったり学校だったりそういった集団においての常識は、私がその集団をどう捉えるのかで変わるのであって、そこに真実があるかないかはあまり関係ない。

完璧と言えるような理論を作るのは簡単だ。

それにはループがあればいい。ループというのは最終的に「それが決まりだから」「それを信じるのが当たり前」だといえばいいだろう。

それらループにハマってしまえば悩む必要はなくなるわけだ。「会社だからこういうもんだ」「学校だからこういうものだ」そういった思考法は楽なのだ。

そうなればいつの間にか自分というものは消え去り、大義が優先される。しかし、その大義とは誰かに与えられたもの。

「それで生きているといえるのか?」

多分、渦中にいる人にはそれら言葉は届かない。だってそれもまたその人の選択であり、違う価値観の中で生きているからだ。

問題なのは、そういった事を本当に理解して選択できているかだ。

人はみな自分が正しいと思いたいがために、そういった違う価値観に対して敵対的感覚をもってしまう。

この「正しい正しくない」という概念が実は多くの不幸を導き出している事を忘れてはいけない。

大学生のとき仲の良かった友人が某新興宗教にのめり込んでいくのを体験した。最初、政治活動はしないと言っていた友人も1年たつと、路上に立ってビラ配りしていた。

彼にそんな活動をやめろとは言わなかったが、何かと理由をつけられて一緒に集会にも連れて行かれた。そういった集団の中に入ればどうしても他と同じことをしなくてはいけないので、念仏を一緒に唱えることも多かったが、ひねくれている私は、だからといってその団体の全部を信用できなかった。

教義と団体の行為は別のものだ。

いくら教義が素晴らしくても、それまでその団体が何をしてきたかを見れば判断がつく。最初の思いが素晴らしいものでも団体になれば団体の業というものが生まれる。

であれば、ヒエラルキーを作るような教団とは距離をとり、個人としてその教義を勉強したほうがいいというのが私の考えだった。

団体運営のために組織化が始まれば、そこに個人としての格差が生まれ、個人をないがしろにするような集団の利益を優先してしまうかも知れない。

そういった事は多くの歴史も証明している。

大学まで布教に来た10人近くの教団の方々と議論したが、結局彼らの論点は教祖の言葉を信じるから教団員であるという部分でループしていた。

それは違うのではないか?

教祖の言葉は重要でも言葉を使う限りその解釈に間違いは起きる。全て疑うことも大事だというのが私の当時の論点だった。

だからやっぱり噛み合わない。

大学生のときに読んでいた本が少し変わっていた。それはニュー・サイエンスとか呼ばれるもので、フリチョフカプラの「タオ自然学」とかラブロックの「ガイア仮説」などであった。それら内容はSF小説好きだった自分にとって、より高密度なSFを読んでいるように思われた。

それらの文化は西洋的な科学と東洋の哲学の融合だったり類似点を元に物事を有機的に再構築するやりかたで、今でも自分の価値観の根幹をなすと思っている。

そんな本ばかり読んでいたため、友人からは宗教思想にもつながるタイプだと思われたのだろう。手を変え品を変え勧誘が続いた。

自分にとっては、宗教も生きるための哲学の一つだと思っていたのでそこに感情的否定の感覚はない。しかし、事、現実の中で行われている活動になれば、それは行き過ぎなのではないかと思えることも多々あった。

政治活動を始めた友人にそれとなく尋ねた。

「君は学生の間には政治活動はしないって言ってなかったっけ?」
「いや、正しい真理が理解できたらそれを実現しないといけないじゃない。だから日本を根本から変える必要があると思うんだよね」

ああ。まただ。正しい真理とはなんだろう?

もし真理というものがあるとしても、それは相対的なものであって、全ては変化するという事実のほうが真理ではないか?と、考えたが、その事を告げることはしなかった。

その後も彼は布教活動に没頭し、大学にも来なくなった。それと同時に彼との縁も薄くなった。

彼ら団体の上の人から、「浅川くん、それだけ理解していて、我々と共に歩けないなんてもったいないよ」などとも言われたが、自分が何かを理解できているとも思わなかった。

そこにあるのは、仲良かった友人と疎遠になったという事実だけだった。

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